大垣城 その3
大垣城の続きです。
本丸に移築されている門です。
内柳門です。
木造なのでもともとの門のように見えますが、本来はここには門はありませんでした。
艮隅櫓です。
昭和年に鉄筋コンクリート造りで復元されました。
北から見た艮隅櫓です。
壁に銃眼が4つ並んでいる様子は不気味です。
本丸の鉄門です。
鉄門の礎石です。
本丸の図です。
残っているのは天守の周辺です。
鉄門付近は公園化によりかなり改変されています。
巽櫓の跡です。
石垣ですがかなり壊されています。
本丸の北側です。
道路はかつての堀跡です。
すぐ近くまで家が建ち城跡の景観を損ねています。
大垣市でかつての大垣城の景観を取り戻そうと「大垣城郭整備ドリーム構想」を作ったが、まったく進行していない。
本丸内部ならば発掘調査などで鉄門や巽櫓や七間多聞、鉄砲多聞などを復元することは可能なので進めてほしいですね。
周囲は道路になっているので堀の復元は難しいが、西側ならば10数mならば復元可能なのではないでしょうか。
堀が復元されればかなりの景観がよくなり、水の都大垣に相応しくなるでしょう。
本丸の東の堀跡です。
すぐ近くまで家が建てられているので、堀の復元は建物の移設が必要になるのでかなりの困難が伴う。
(終わり)
大垣城@岐阜県大垣市
天守と隅櫓です。
手前の広場は堀跡です。
かつては広い水堀でした。
乾隅櫓です。
戦災で焼失したものを復元しました。
模擬門です。
かつてはここには門はありませんでした。
大垣城の本丸の現況図です。
堀が完全に埋められているので城の雰囲気は薄いです。
大垣城の古写真です。
天守を中心に多くの櫓が立ち並んでいました。
現在の地図にかつての城を落とし込んだ図です。
今は本丸の一部のみですが、かつては広大な範囲で何重もの堀に囲まれていました。
天守です。
かつては国宝でしたが、昭和20年7月29日の空襲により焼失してしまいました。
終戦まであと半月のことでした。
昭和34年に鉄筋コンクリート造りで再建されました。
古写真です。
かつての再建天守は窓などが異なっていましたが、2011年に改修されて旧状に戻しました。
(続く)